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盛岡地方裁判所 昭和29年(行)12号 判決

原告 佐藤敏夫 外一名

被告 白山村選挙管理委員会

主文

被告が、岩手県膽沢郡白山村村議会議員鈴木金七の解職請求者署名簿の署名の効力に関する右鈴木金七、原告佐藤敏夫等の異議申立により、昭和二十九年七月二十一日別紙目録記載(2)ないし(3)の者及び同第二目録記載(1)、(2)の者等の各署名を無効とした決定のうち、右第一目録記載(21)ないし(23)の者の各署名に関する部分の取消を求める原告等の本訴はこれを却下する。

前項の決定のうち、右第一目録記載(3)、(8)、(9)及び第二目録記載(2)の者の各署名に関する部分はこれを取り消す。

原告等のその余の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を原告等、その一を被告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「被告が岩手県膽沢郡白山村村議会議員鈴木金七解職請求者署名簿の署名の効力に関する異議申立により昭和二十九年七月十八日及び同月二十一日別紙第一及び第二目録記載の者の各署名を無効とした決定はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として

第一、原告等は前記白山村の村議会議員の選挙権を有するものであるが、同議会議員鈴木金七の解職を請求することを申し合せ、昭和二十九年五月五日被告委員会にその請求代表者証明書の交付を申請したところ、被告委員会は翌六日右証明書を原告等に交付し、同日その旨を告示した。そこで請求代表者となつた原告等は直ちに訴外佐々木吉五郎外十八名を署名収集者に委任し署名収集の運動を開始し同年六月四日までに同議員解職請求者署名簿に同村の選挙権を有する者の総数千四百五名のうちその三分の一をこえる四百九十七名の署名と印とを得たうえ、同月八日右署名簿十四册を一括して被告委員会に提出し、これに署名し印をおした者が選挙人名簿に記載された者であることの証明を求めたところ、被告委員会は同年七月一日右署名総数のうち四百六十九名の者の署名を有効、他の二十八名の者の署名を無効と決定し、翌二日より同月八日まで右署名簿を縦覧に供した。しかして右縦覧期間内に右有効と決定した署名のうち別紙第一目録記載(2)ないし、(11)、(22)、(23)及び同第二目録記載(1)、(2)の者の各署名を含む九十一名の者の署名につき前記鈴木金七より、また右無効と決定した署名のうち右第一目録記載(1)及び(12)ないし(21)の各署名を含む二十二名の署名につき原告佐藤敏夫、訴外鈴木秀三郎等三十三名より異議の申立をなしたところ、被告委員会は、右鈴木秀三郎等異議申立の右第一目録記載(1)の鈴木秀三郎の署名につき、同月十八日その申立を正当でないものとして前決定のとおり無効と決定し、翌十九日右鈴木秀三郎等異議申立人にその旨通知し、その他の原告佐藤敏夫等異議申立の分のうち、右第一目録記載(12)ないし(21)の者を含む十八名の者の署名につき、同月二十一日前同様その申立を正当でないものとして前決定のとおり無効と決定し、同日原告佐藤敏夫等異議申立人のうち約半数の者にその旨通知し、また右鈴木金七異議申立の分のうち右第一目録記載(2)ないし(11)、(22)、(23)及び第二目録記載(1)、(2)の者を含む十九名の者の署名につき前同日その申立を正当として有効としていた前決定を修正して無効と決定し、同日その旨を右鈴木金七に通知するとともにこれを告示し、結局有効署名数を四百五十九、無効署名数を三十八として同月二十四日これを告示のうえ前記署名簿を原告等請求代表者に返付した。

第二、しかしながら右各決定は次の理由により違法である。

一、(1)右第一目録記載(1)鈴木秀三郎の署名は本人の自署と同一視すべきものである。すなわち同署名は同人が息子透に手を支えてもらつて運筆したものであるが、地方自治法が署名簿の署名に代署を認めない趣旨は本人の意思とは無関係な形式的署名の弊害を防止しようとすることにあるから、署名が本人の意思に基くものである限り運筆が病気等により困難な場合において単に署名の補助道具として他人の手をかりることはいわゆる代署とは異り本人の自署と同一視すべきものである。

(2) 同(2)及川チヨミの署名も本人の自署と同一視すべきものである。同署名は当時同人が文盲で自己の姓名を書くことができなかつたので息子章に手をとつてもらつて運筆したものであるから(1)と同様の理由で本人の自署と同一視すべきものである。かりに右章の代筆であるとしても後述(11)と同じ理由で有効な代署である。

(3) 同(3)及川トリの署名は名の「トリ」が本人の自署である。署名簿の署名は本人の署名と認めるに足るものであればよいのであるから姓が前欄署名者と同じ場合はこれを省略し単に名だけを書くことも許されるべきである。右「トリ」の自署のみで有効な署名である。

(4) 同(4)菅原栄吉の署名は本人の自署である。

(5) 同(5)後藤キクエの署名も本人の自署である。

(6) 同(6)菅原ユキヨの署名は同人が当時正確に自己の姓名を運筆することができなかつたため息子栄吾の手をかりて署名したものであるから前述(1)と同じ理由で、代署ではなく本人の自署と同一視すべきものである。かりに栄吾の代筆であるとしても後述(11)と同じ理由で有効な代署である。

(7) 同(7)石川シチの署名は本人の自署である。

(8) 同(8)石川サダノの署名も本人の自署である。

(9) 同(9)及川イチの署名も本人の自署である。

(10) 同(10)吉田ハナの署名も本人の自署である。

(11) 同(11)佐々木イセの署名について

同署名は同人が右署名の際前記解職請求に賛成し、署名の意思もあつたのであるが字を書くことができないので孫弥一に依頼して同人に代筆してもらつたものである。ところで解職請求の署名についていかなる場合においても代理署名を認めないとするならば、解職請求の趣旨に賛成しこれに参加しようとするものであつても身体の故障者や文盲による無筆者はその意思を表現することが不可能となる。それでは公職選挙法が身体の故障者又は文盲者に代理投票を認めたことと権衡を失するし、憲法第十五条が国民に固有の権利として保障する公務員の選定及び罷免の権利を不当に奪う結果ともなる。従つて解職請求の署名についても本人が身体の故障又は文盲等により署名不能の場合においては本人の自由な意思に基きその意思を表現する方法として第三者が本人の依頼により代理署名することを許されてしかるべきである。右佐々木イセの署名はこの場合にあたる代署として有効とすべきものである。

(12) 同(12)千田ハルヨの署名は本人の自署である。

(13) 同(13)阿部大治の署名も本人の自署である。

(14) 同(14)坂井栄作の署名も本人の自署である。

(15) 同(15)千葉正助の署名も本人の自署である。

(16) 同(16)本城チヱ子の署名も本人の自署である。

(17) 同(17)及川アキエの署名は姓「及川」は代筆であるけれども名「アキエ」の部分が自署であるから前述(3)と同じ理由で有効な署名である。

(18) 同(18)千葉オリワの署名は孫幸治に手をとつてもらつて運筆したものであるから前述(1)と同じ理由で代署ではなく本人の自署と同一視すべきものである。かりに右幸治の代筆であるとしても本人は文盲であるから前述(11)と同じ理由で有効な代署である。

(19) 同(19)千田サキの署名は本人の自署である。

(20) 同(20)千田正氏の署名も本人の自署である。

(21) 同(21)本城サトリの署名も本人の自署である。

(22) 同(22)石川ユキコの署名も本人の自署である。

(23) 同(23)佐々木タヨの署名も本人の自署である。

二、(1) 右第二目録記載(1)石川キノエの署名下の印影は判然としないけれども押印の事実は明らかに認められ、極めて微弱ながらも石川の印であることも推認される。地方自治法第七十四条の三第一項が印影の不明瞭を無効理由としていない趣旨からしても、署名が自筆である以上印影が単に不鮮明であるということだけでは署名の効力に影響なかるべきものである。

(2) 同(2)本城ヨシミの署名下の印影は同人がはじめ夫の印をおしたのであるが、他人の印では正確でないと考え、改めて自己の印をおしたものである。かりに他人所有の印であるとしても一時借用し自己の印としておした以上本人の印と見るべきものであるし、また他人が本人に代つておしたとしても本人の意思に基く限り代印としていずれも署名の効力に影響を与えるものではない。

以上の次第で右各署名はいずれも有効であるからこれらを無効とした前記決定は違法のものとして取り消さるべきものである。

三、又前記鈴木金七よりなされた九十一名の署名に対する異議の申立につき被告委員会はその一部たる前記無効と修正決定した十九名の署名を含む三十七名の署名につき審査決定をなし、残りの五十四名の分についてはなんらの審査も、従つて又決定もしておらない。このような遣方はすべての異議につき決定をなし有効署名総数の告示を命ずる地方自治法第七十四条の二の規定に明らかに違反するものというべきであるから、右三十七名の署名に含まれた別紙第一目録記載(2)ないし(11)、(22)、(23)及び同第二目録記載(1)、(2)の者の署名についての前記決定もまた違法な手続によつたものとして取り消されるべきものである。

よつて前記第一及び第二目録記載の者の署名の効力についての前記決定の取消を求めるため本訴に及ぶと陳述した。(立証省略)

被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

原告等主張第一の事実は認める。ただし原告佐藤敏夫等異議申立の分のうち十八名の者の署名についての無効決定は昭和二十九年七月二十一日原告等主張の日その異議申立人全部に通知した。

同第二の事実のうち被告委員会が原告等主張の各署名につき無効と決定したことは認めるが、その余は後記の点を除いて全部争う。

すなわち

同一につき、その(1)、(2)、(3)、(4)、(5)、(6)、(9)、(11)(佐々木イセが字を書けないことは認める)、(12)、(13)、(15)、(17)、(18)、(19)、(20)、(21)及び(23)の者の各署名はいずれも本人の自署ではない。(7)及び(8)の者の各署名は石川シチの息子政志の、(10)の者の署名は息子久の、(14)の者の署名は息子丈夫の、(16)の者の署名は夫信雄の並びに(22)の者の署名は夫留蔵のそれぞれの代筆であり本人の自署ではない。なお(3)及び(5)の者の各署名はいずれも署名収集者でないものの求めによる署名である。

同二につき、その(1)の者の署名が自署であることは争わないが、その名下の印影はなに人の印によるものか不明である。(2)の者の署名も自署であることは争わないが、名下の印影は署名収集者本城武の印によるものであつて本人の印をおしたものではない。

同三につき、鈴木金七よりなされた異議申立の対象となつている九十一名の者の署名についてはそのうち五十四名の分について他の三十七名の分と同様な詳細な調査はなさなかつたが、審査期間が切迫したため一応の審査をしたうえでいずれも有効と決定したのである。

以上の次第で原告等主張の各署名はいずれも無効のものであり、その審査の手続にも不備はないのであるから、前記決定には違法がなく原告等の請求は失当である。(立証省略)

理由

原告等が岩手県膽沢郡白山村村議会議員の選挙権を有するものであり、同議会議員鈴木金七解職請求の代表者となり、原告等主張のような手続を経て昭和二十九年六月四日までに同議員解職請求者署名簿に同村の選挙権を有する者の総数千四百五名のうち四百九十七名の署名と印とを得たうえ、同月八日右署名簿十四册を一括して被告委員会に提出し署名の審査証明を求めたところ、被告委員会が同年七月一日右署名総数のうち四百六十九名の署名を有効、他の二十八名の署名を無効と決定し翌二日より同月八日まで右署名簿を縦覧に供したこと、右縦覧期間内に右有効と決定した署名のうち別紙第一目録記載(2)ないし(11)、(22)、(23)及び同第二目録記載(1)、(2)の者の各署名を含む九十一名の者の署名につき右鈴木金七より、また右無効と決定した署名のうち右第一目録記載(1)及び(12)ないし(21)の者の各署名を含む二十二名の者の署名につき原告佐藤敏夫、訴外鈴木秀三郎等三十三名より異議の申立があつたことこれに対し被告委員会が右鈴木秀三郎等異議申立の右第一目録記載(1)の鈴木秀三郎の署名につき、同月十八日その申立を正当でないものとして前決定のとおり無効と決定し、翌十九日右鈴木秀三郎等異議申立人にその旨通知し、その他の原告佐藤敏夫等異議申立の分のうち右第一目録記載(12)ないし(21)の者を含む十八名の者の署名につき、同月二十一日前同様その申立を正当でないものとして前決定のとおり無効と決定し、また右鈴木金七異議申立の分のうち右第一目録記載(2)ないし(11)、(22)、(23)及び第二目録記載(1)、(2)の者を含む十九名の者の署名につき前同日その申立を正当とし、有効としていた前決定を修正して無効と決定し、同日その旨を右鈴木金七に通知するとともにこれを告示し、結局有効署名数を四百五十九、無効署名数を三十八としこれを告示して、同月二十四日前記署名簿を原告等請求代表者に返付したことはいずれも当事者間に争がなく、成立に争のない乙第十四号証証人菊地一男の証言、及び被告代表者佐藤隆太郎の本人尋問の結果によれば前示鈴木秀三郎等以外の原告佐藤敏夫等異議申立の分のうちの前示十八名の者の署名無効の決定が同月二十一日その異議申立人全部に通知されたことを認めることができる。これを覆えすに足る証拠がない。

そこで原告等主張第二掲記本件争点について順次検討する。

第一前示第一目録記載(21)本城サトリ、(22)石川ユキコ及び(23)佐々木タヨの各署名に関する原告等の本訴についての判断、

右各署名について異議申立により被告委員会のなした前示決定の取消を求める原告等の本訴請求は、昭和二十九年十月五日附で提出された請求の趣旨拡張の申立書に基き同日の口頭弁論期においてはじめて請求の趣旨拡張申立の形式をもつてなされたものであることは本件記録に徴し明らかなところである。ところで解職請求者署名簿の署名の効力に関し関係人から申し立てられた異議につき選挙管理委員会がこれを正当、あるいは正当でないと決定する処分は各署名ごとになされる処分であるから、これに対する不服の訴もまた各署名ごとになさるべきものと解すべきである。それなら前記各署名についてもその請求の提出の形式はともあれ昭和二十九年十月五日にはじめて訴が提起されたものと扱う外はない。しかるに被告委員会が昭和二十九年七月二十一日右本城サトリの署名につき原告佐藤敏夫等からなされた異議の申立に対しこれを正当でないとして無効と決定し、その旨異議申立人等に通知しまた右石川ユキコ及び佐々木タヨの各署名につき鈴木金七からなされた異議申立に対しこれを正当であるとして無効と修正決定し同日その旨の通知のうえ告示の手続を了したことは前示認定のとおりであるから右各署名に関する原告等の本訴は、いずれも地方自治法第八十条第四項により準用される同法第七十四条の二第八項所定の十四日の出訴期間経過後に提起された不適法なものとして却下さるべきである。

第二前示第一目録記載(1)ないし(20)の者の署名に関する原告等の請求についての判断、

一、同目録記載(1)鈴木秀三郎の署名については、鑑定人吉丸正夫の鑑定の結果(第三筆蹟鑑定書)によれば同人の自署でないことが認められる。乙第六号証の十二の記載中右認定に反する部分は措信できない。この点につき原告等は同署名は右秀三郎が息子透に手を支えてもらつて運筆したものであつて自署と同一視すべきものであると主張し、証人鈴木秀三郎及び千田養一もこれに副う趣旨の供述をしているけれども、成立に争のない甲第一号証解職請求者署名簿によれば同署名は運筆が極めて達者であり他人に手をとられて書いたものとはとおてえ認められないから右各供述は措置し難く、右主張はあたらない。

二、同(2)及川チヨミの署名についても前記鑑定人の鑑定の結果(第二筆蹟鑑定書)によれば同人の自署でないことが認められる。この点についても原告等は同署名は同人が息子章に手をとつてもらつて運筆したものであつて自署と同一視すべきものであると主張し、証人及川チヨミ及び千田忠男もこれに副う趣旨の供述をなし、乙第五号証の十一にも右に副う趣旨の記載があるけれども、前記甲第一号証によれば同署名も運筆が極めて自由であり他人に手をとられて書いたものとはとおてえ認められないので右各供述及び記載は措信し難く、右主張もまたあたらない。

三、同(3)及川トリの署名については、成立に争のない乙第五号証の十五、証人及川トリ及び及川慶二の各証言並びに前記鑑定人の鑑定の結果(第一筆蹟鑑定書)によれば名の「トリ」が同人の自筆であることが認められる。しかして解職請求の署名簿の署名はその解職請求の意思の表明者がなに人であるかを認めるに足るものであればよいのであり、特段の事由のみるべきものがない限り名のみでも特定できるものと解されるから、名が自筆である以上その姓を自ら書かなかつたとしても署名というに妨げないものと解する。なお右「トリ」の上の「〃」は誰の手になるか判然しないけれども前欄署名者及川末之亟と同姓であることを表したものと認めるべきであるから、右及川トリの署名の効力を動すに足るものではない。

四、同(4)菅原栄吉の署名については、前同鑑定の結果によればなに人かの代筆であつて本人の自署でないことが認められる。乙第五号証の十三の記載並びに証人菅原栄吉及び鈴木芳の各証言中右認定に反する部分は措信し難い。

五、同(5)後藤キクエの署名についても、前同鑑定の結果によればなに人かの代筆であつて本人の自署でないことが認められる。証人後藤キクエ及び鈴木芳の各証言中右認定に反する部分は措信し難い。

六、同(6)菅原ユキヨの署名については、前同鑑定の結果によれば本人の自署でないことが認められる。証人鈴木芳の証言中右認定に反する部分は措信できない。

この点について原告等は同署名は同人が息子栄吾の手をかりて署名したものであつて自署と同一視すべきものであると主張し、証人菅原ユキヨもそれと同趣旨の証言をしているけれども、前記甲第一号証によれば同署名もその運筆が自由であり他人の手をかりて書いたものとはたやすく認められないから右証言は措信し難く、右主張は採用ができない。また右署名が右栄吾の代筆であることを前提とする原告等の仮定的主張も右ユキヨが原告等のいうような署名不能者であることを認めるに足る証拠がないから右署名には当らない議論であり、失当である。

七、同(7)石川シチの署名については、前記鑑定人の鑑定(第二筆蹟鑑定書)及び鑑定人太田孝太郎の鑑定の各結果並びに証人石川シチの証言によれば同署名は本人の自署ではなく息子政志の代筆であることが明らかである。証人千田養一の証言中右認定に反する部分は措信できない。

八、同(8)石川サダノの署名については、前記鑑定人吉丸正夫の鑑定の結果(第二筆蹟鑑定書)並びに証人石川サダノ及び千田養一の各証言によれば同署名は本人の自署であることを認めることができる。乙第五号証の六の記載及び証人岩村幸治の証言中右認定に反する部分は信用しない。

九、同(9)及川イチの署名については、証人及川イチ及び及川正雄の各証言並びに鑑定人太田孝太郎の鑑定の結果によれば本人の自署であることが認められる。乙第五号証の三の記載証人鈴木静の証言及び鑑定人吉丸正夫の鑑定の結果(第二筆蹟鑑定書)の右認定に反する部分は採用しない。

十、同(10)吉田ハナの署名については、成立に争のない乙第五号証の七及び前記鑑定人吉丸正夫の鑑定の結果(第二筆蹟鑑定書)によれば同署名は本人の自署ではなく息子久の代筆であることが明らかである。証人吉田ハナの証言中右認定に副わない部分及び証人阿部勝一の証言中右認定に反する部分は措信できない。

十一、同(11)佐々木イセの署名については、同人が無筆であることは当事者間に争がなく、この事実と証人佐々木イセの証言並びに前記甲第一号証により認められる同署名の運筆がぎこちない点から判断すると、右署名は右イセがなんのために署名するのかわからないまま無理に孫弥一に手をとられて書かされたものであることが認められ、証人佐藤福応の証言中右認定に副わない部分は措信し難い。それなら右イセは前記解職請求の趣旨を理解も認識もしていなかつたものと見る外はなく、かような署名は右解職の意思に基かない署名として当然無効といわなければならない。従つて右署名が右弥一の代筆であることを前提とする原告等の主張も右イセに右解職請求の意思のない点において既に失当である。

十二、同(12)千田ハルヨの署名については、前記鑑定人の鑑定(第一筆蹟鑑定書)及び鑑定人太田孝太郎の鑑定の各結果によれば同署名は本人の自署でないことが認められる。乙第六号証の十六の記載並びに証人千田ハルヨ及び千田養一の各証言中右認定に反する部分は措信し難い。

十三、同(13)阿部大治の署名については、前記鑑定人吉丸正夫の鑑定の結果(第一筆蹟鑑定書)によれば同署名も本人の自署でないことが認められる。乙第六号証の二十の記載並びに証人阿部大治及び千田養一の各証言中右認定に反する部分は措信し難い。

十四、同(14)坂井栄作の署名については、前同鑑定の結果によれば同署名は本人の自署ではなく同人の息子丈夫の代筆であることが認められる。乙第六号証の二の記載並びに証人坂井栄作及び坂井丈夫の各証言中右認定に反する部分は措信し難い。

十五、同(15)千葉正助の署名については、前同鑑定の結果によれば同署名は本人の自署ではなく重一郎の代筆であることが認められる。証人千葉正助及び本城直の各証言中右認定に反する部分は措信し難い。

十六、同(16)本城チエ子の署名については、前同鑑定の結果及び証人本城チエ子の証言によれば同署名は本人の自署ではなく同人の夫信雄の代筆であることが認められる。乙第六号証の四の記載及び証人鈴木健次郎の証言中右認定に反する部分は措信できない。

十七、同(17)及川アキエの署名については、姓「及川」が代筆であることは原告等の認めるところであり、前記鑑定人の鑑定(第一、二筆蹟鑑定書)及び鑑定人太田孝太郎の鑑定の各結果によればその名「アキエ」の部分もまた自署でないことが認められる。乙第六号証の八の記載並びに証人及川アキエ及び及川正雄の各証言中右認定に反する部分は措信できない。

十八、同(18)千葉オリワの署名「チバイワ」については、前記鑑定人吉丸正夫の鑑定の結果(第三筆蹟鑑定書)によれば同署名は本人の自署ではなく同人の孫幸治の代筆であることが認められる。この点につき原告等は同署名は本人が右幸治に手をとつてもらつて運筆したものであるから本人の署名と同一視すべきものであると主張し、乙第六号証の六には同趣旨の記載があり、証人千葉オリワ及び及川正雄もそれに副う趣旨の供述をしているけれども、前記甲第一号証によれば同署名もその運筆が自由であり他人に手をとつてもらつたものとは認められないので右記載及び各供述は信用し難く、右主張は採用できない。また右署名が右幸治の代筆であることを前提とする原告等の仮定的主張についても右オリワが字をよく書けないものであることは同人の本件証人尋問の際における宣誓書の署名よりして窺われなくもないが、同人が原告等のいうようにそのため右幸治に署名の代筆を依頼したというような事情を認めるに足る資料はなにもないから、右主張もあたらない。

十九、同(19)千田サキの署名について、前記鑑定人の鑑定の結果(第一筆蹟鑑定書)によれば同署名はなに人かの代筆であつて本人の自署でないことが認められる。乙第六号証の十四の記載並びに証人千田正氏及び千田忠男の各証言中右認定に反する部分は措信し難い。

二十、同(20)千田正氏の署名については、前同鑑定の結果によれば同署名もなに人かの代筆であつて本人の自署でないことが認められる。乙第六号証の十の記載並びに証人千田正氏及び千田忠男の各証言中右認定に反する部分は措信し難い。

しかして他に以上認定を左右するに足る証拠がない。それなら以上各署名のうち(3)及川トリ、(8)石川サダノ及び(9)及川イチの分を無効とした前示決定は違法であり取消を免れないが、その余の署名を無効とした前示決定は正当でありこの点に関する原告等の請求は失当というべきである。

第三、前示第二目録記載(1)石川キノエ、(2)本城ヨシミの各署名に関する原告等の請求についての判断

一、同(1)石川キノエの署名についてその姓名の部分が本人の自署であることは当事者間に争がなく、証人坂井丈夫は右キノエは右署名の際姓名を手書したうえ印肉が有合せなかつたので印に息を掛けただけでこれをおしたと言い、前記甲第一号証署名簿の該部分を見るにそれらしい事実のあつたことが窺われなくもないが、更に仔細に検討して見てもなに人のいかなる形の印影であるのか全く判然しない。このような印影は請求書の署名の正確性を担保するため解職請求の手続として法が特に要求している捺印とはとおてえ認めることを得ないものである。それなら右署名は法の要求する印のないものとして無効というべきであり、この点の原告等の請求は失当である。

二、同(2)本城ヨシミの署名について、その姓名の部分が本人の自署あることは当事者間に争がなく、前記甲第一号証の右署名部分と証人本城ヨシミ及び佐藤福応の各証言によると、右ヨシミは署名収集者佐藤福応から右署名を求められた際姓名を手書したうえその夫本城利見より同人の印 本利 を借りておしたが、それでは不都合かと考えてその後五日の期間内に右福応方に赴き先の印を抹消のうえ自分の印 本城 をおし直したことが認められ、乙第五号証の九の記載は右認定に照らし採用ができない。署名に際し家族の印を借用して自己の印としておすことは署名の正確を担保する意味から言つて自己の印をおすことと格別えらぶところはないから、右署名簿における右ヨシミの印は先の本利の印で差し支えなかつたのであるが、しかもその後五日以内になお万全を期してそれを抹消し自己の印をおし直したのであるから、右署名は有効と解すべきである。従つてこれを無効とした前示決定は違法のものとして取り消されるべきである。

第四、請求原因第二の三の原告等の主張についての判断

原告等は前記鈴木金七よりなされた九十一名の署名に対する異議の申立につき被告委員会はその一部たる三十七名の署名につき審査決定をなしたのみで、残五十四名の分についてはなんらの審査も決定もしなかつたと主張するけれども、成立に争のない乙第十八号証と証人菊地一男の証言及び被告代表者佐藤隆太郎本人尋問の結果によると、本件異議の申立に対する審査は先に異議申立のあつた原告佐藤敏夫等よりの分二十二名の署名からはじめられ、それぞれ署名者につき慎重な調査を進めたのであるが、当時被告委員会は本件解職請求にかかる事務の外農業委員会の選挙の事後処理事務が山積しておつたため調査がよおいに捗らず、右二十二名分を終つて鈴木金七より異議申立の分九十一名のうち三十七名の分まで調査したところで審査期日が切迫し残五十四名の分の調査が右既済の分のようにできなくなつたこと及びそこで右残五十四名の分についてはやむなく書類等によつて審査をなしたうえその全部を有効と決定し、その旨を鈴木金七に通知したことを認めることができる。右認定を覆えすに足る証拠がない。それなら右残五十四名の署名については被告委員会の事務の都合上実地調査はしなかつたにせよ一応の審査をなし有効と決定したのであるからそこになんら原告等のいうような違法はない。のみならず前記説示のとおり異議に対する当否の決定処分は各署名ごとに別個の処分であるとするなら、右の場合残五十四名の署名についての審査手続の関係が審査及び決定のあつたことに争のない他の三十七名の分に対する決定の効力に影響を及ぼすいわれはないのである。それなら右残五十四名分の審査手続の違法を理由として右三十七名中に含まれる前示第一目録記載(2)ないし(11)、(22)及び(23)並びに同第二目録記載(1)、(2)の者の各署名の違法なりとする原告等の主張は右いずれの点からしても失当である。

果して以上のとおりであるとするなら原告等の本訴請求は前示第一目録記載(21)本城サトリ、(22)石川ユキコ及び(23)佐々木タヨの各署名に関する点において不適法であるからその訴を却下し、また右第一目録記載(3)及川トリ、(8)石川サダノ及び(9)及川イチ並びに同第二目録記載(2)本城ヨシミの各署名に関する被告委員会の前示決定の取消を求める限度において正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文、第九十三条第一項本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 上野正秋 西沢八郎)

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